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 日本のホスピス最新事情

我が家で最後を迎えたい

がんなどが進行して治療の難しくなった人が、自宅で医師の往診を受けながら療養する「在宅ホスピス」。苦痛や不安を和らげ、患者と家族がともに過ごせるようサポートする試みだ。取り組む医療機関が増え、穏やかに最期を迎えるための還択肢のひとつとして最近、注目を集めている。

「もう一杯もらおうかな」。昨年の元旦、帰省した子供や孫たちと自宅でおせち料理を囲んだ沢田隆さん(仮名・69)は、杯を片手に終始笑顔を絶やさなかった。胃がんを患って一年余り。病院での治療をやめ自宅に戻ったばかりだった。

在宅ホスピスを望んだのは隆さん自身。妻の文さん(仮名・64)は「家で看護できるのかと不安だったが、つらい治療に耐えてきた夫の希望をかなえたかった」と振り返る。かかりつけ医の往診を受け、病状が安定していた二月には夫婦で温泉にも出かけた。

がんによる体の痛みはルヒネで抑え、文さんが付き添って血圧や体温をチェック。薬や点滴も管理し、夜もそぱで眠った。家族に囲まれ、隆さんが静かに息を引き取ったのは四月。「すみ慣れた自宅で最期を迎えられてよかった」と文さんは言う。

ホスピスは1960年代、英国の病院で始まった。無理な延命治療を避け、瘡痛(とうつう)を抑えて残された時間の「生活の質」を保つ。日本でも81年に専門病棟が誕生。.医療保険も適用され、昨年七月時点で全国に91施設、1716床ある。しかし一年間にがんで亡くなる人は約三十万人。施設ホスビスが不足する現状で、在宅が注目され始めた。

人口動態統計(2001年)では自宅で亡くなった人は死亡者全体の13.5%に過ぎない。だが、第一生命経済研究所が昨年、全国の男女約千人を対象に実施した調査では「最後を自宅で迎えたい」という答えが八割近くを占めた。九四年度から末期がん患者らを対象とした居宅での医療は医療保険の対象にもなっており、利用できる医療機関は全国に約4900施設(昨年七月時点)。とはいえ本人が希望したとしても、自宅でのケアに不安はないのか。

都内の主婦、野崎夫佐子さん(62)は昨年卵巣がんだった母のイネさん(当時85)を自宅で半年間看護し、みとった。がんと診断された時にはすでに末期。入院して手術や抗がん剤治療を受けたが、イネさんは「自宅に帰りたい」と訴えた。医師や看護師の往診に加え、要介護認定を受けておむつ替えや洗髪などはヘルパーに頼んだ。イネさんはテレビを見たり、孫やペットと遊んだりして過ごし、点滴や酸素吸入器を使うこともなかったという。

長年、在宅ホスピスに取り組んできたホームケアクリニック川越(東京・墨田)の川越厚院長は「落ち誉ける自宅で過ごすことは生活の質向上にっながる。医療技術の進歩や介護保険のスタートで、一般に思われているほど在宅ホスピスは難しくなくなってきた」と語る。

通常、在宅ホスピスは医師、看護師がチームを組み週一回以上の往診を含め週四回以上訪問。緊急時にはいつでも連絡を受け付ける。この二年間。川越院長が対応した在宅患者百八十七人のうち最終的に病院などに転院したのは八人。一人暮らしの高齢者が友人らの手助けで家で最期を迎えたこともあったという。

積極的に取り組む属院も増え始めた。千葉健生病院(千葉市)では四年前から在宅ホスピスを実施し、現在、医師七人が病院での診療のほか在宅患者を定期的に往診。容体が急変したり在宅看護が困難になったりした際にはいつでも入院に切り替える体制だ。今村貴樹医師(内科)は「頼れる医療機関がないと、患者も家族も安心して家に戻れないだろう。状況に応じて自宅と病院を使い分ければいい」と話す。

宮城県では昨年度から保健所を中心に、在宅ホスピスにかかわる医療・福祉関係者のネツトワークづくりを始めた。ケアマネジャーらも参加、連携して患者を支える「地域ケア」の構築を目指す。都道府県レベルでは初の試みだ。「家族ができる看護には限界があり、医療だけでなく様々な分野の専門家が協力する必要がある」と、仲田勲生保健福祉部医療整備課長は語る。

米国では約三千あるホスピスのうち入院型施設は二百カ所で、在宅向けサービスが主流。それに比べると、まだ国内の在宅ケアの体制はぜい弱だ。日本ホスピス・在宅ケア研究会代表世話人の大頭信義医師は、「末期患者をしっかり診られる在宅ホスピス医はまだごく少数で、緩和ケアの質にもばらつきがある。信頼できる医師の養成が急務だ」と指摘している。

 2002年(平成14年)12月20目(金曜目)日経新聞より